「英語を話したい」!バイリンガル育児を目指したきっかけ。〜言葉が出てこない〜

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「英語を話したい」!バイリンガル育児を目指したきっかけ。〜初めての海外〜

職場の先輩に誘われて、

初めての海外旅行先、

台湾に到着。

 

 

空港では、

先輩のアメリカでの大学時代の友人が

待っていてくれました。

 

 

まともに外国人と顔を合わすのも初めて。

アジア系とはいえ緊張が止まらなかったのを

覚えています。

 

「Nice to meet you!!」

 

その一言に、

ほんっとうに聞こえないような声で

小さく返事をしたような気がします。

 

 

そこから、

台湾人のおもてなしが始まり

車でいろんな場所に

連れて行ってくれました。

 

総勢10人の台湾人と行動。会話はなんと全員英語!!??

 

途中から友人の友人だ、という人たちが

どんどん集まり・・・いつの間にか

10人の大所帯になっていたんです!

 

 

なんとそこで交わされる会話は

台湾人同士でも

英語!英語!!

英語オンリー!!!

 

 

先輩の友人は全員男性で、

ものすごく優しく

ゆっくり話しかけてくれました。

すごく笑顔が素敵。(余談)

 

 

でもね・・・

言ってくれる事は

なんとなくよ、なんとなくわかるんですけど

ほんっとうに簡単な返事でさえ

何も浮かんでこない。

口から出てこない。

 

 

これほどまでに

悔しくもどかしい気持ちになったのは

初めてでした。

 

 

今でも、あの時に光景が鮮明に浮かぶんです。

覗き込んでくれた笑顔に

何も返せなくて、

泣き笑いみたいになった自分の顔。

 

 

話したいのに言葉にならない。

頭の中では中学校辺りの文法がぐるぐる回る。

回ってるだけで組み立てれない。

 

 

中学校ではテストで90点以下なんてとった事なかった。

高校でも英語はそこそこだった。

それなのに・・・。

自分に愕然としました。

 

 

そこからはもう、気分が沈む一方。

先輩も最初の方は

訳してくれたりしていましたが、

「自分で何でもいいから言えば伝わるから」。

そう言ってから

ほとんど通訳はしてくれなくなりました。

 

 

当然ですよね~。

友人に会いにきたのに、

日本からの後輩の面倒まで見てられませんよね。

 

 

今の私なら、

「そんなもんハートで伝わるよ!」

と言えるんですが

その当時の私は

どんどん萎縮して居場所を無くしていきました。

 

「今すぐ日本に帰りたい」旅先の夜に一人で泣いた。

ある夜。

とてもオシャレな台北のジャジズバーに連れて行ってもらった時に、

私の孤独感はピークを迎えました。

 

楽しそうな先輩や友人。

英語も、台湾語も、何もかもわからない。

音楽と照明に不安と寂しさを抉られて行く感覚。

 

もうその場にいたくない。

早く日本に帰りたい。

これ以上惨めな思いをしたくない。

 

そう思った私は、

体調の悪いふりをして1人ホテルに帰らせてもらいました。

 

 

そこでやっと1人になり、ひとしきり泣いて、

先輩を待つ事なく寝てしまいました。

 

 

その後の日程では、

先輩が気を使ってくれたのか・・・

最初の友人1人に車で色々案内してもらい、

3人だけの空間では孤独感をあまり感じなかったので

楽しく過ごせました。

 

 

これが今でも

忘れることのできない経験になり、

私の中の「英語を話したい!」という思いが

メラメラと燃え上がったきっかけになったのでした。

 

 

 

 

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